今日マクドナルドでコーヒーを飲んでいたら、成人式の帰りと思われる女の子、いや失礼!、女性が5~6人やって来た。
女子高生以上にワーキャーうるさくて仕方がない。
久しぶりに再会したりと気分がハイになるのはわかるが、マックを待ち合わせにして携帯で大声で友達に連絡して、飲み会に流れ込む段取りをしながら大声で騒ぐ。
「○○ちゃん、できちゃった結婚でもうおなかが大きいんだって。」
「えっ、ウッソー!」
こんな会話がフロアの隅まで大音響で聞こえてくる。
何人かが騒音に耐え切れずに席を立ち始める。私もコーヒーをとっとと飲み終えて席を立った。
成人ね~と思いながらも、自分の二十歳の頃を振り返ってもこんなガキだったよなと思い返した。(そして、今も・・。)
今の若い世代は「車を買わない」「旅行に行かない」「貯蓄志向」と上の世代からネガティブに言われることがあります。
私は賢く正しいと思いますよ。
「戦争を知らずにー、僕らは育ったー」という歌があるが、彼らは「好景気を知らずにー、僕らは育ったー」世代である。
Japan as No.1などと間違って言われた、飛ぶ鳥を落とす勢いだった日本の高度成長など「歴史の教科書」の中の話である。
「リストラ」「格差社会」「年金崩壊」「政治不信」「官僚腐敗」「教育崩壊」(言い過ぎか?)とこんな言葉を散々聞かされて育てば、自分を守ることを優先するのは当たり前である。
更に今は「金融崩壊」「株価暴落」「派遣切り」まで加わっている。
車を売って、旅行に行かせて儲けたいおじさん達の戯言に付き合う必要はない。
俺らの世代に年金支給できると保証できるのかと言ってやれ!
若い世代を十羽一絡げに「ゆとり世代」と呼ばれることがあるようですが、私はこの言い方は好きではない。
ゆとりのある時代に生きてきていないし、「ゆとり」と揶揄されるべきは若い世代にそのような環境を与えてきた側である。
二十歳の人の四分の三が日本は努力しても報われない国であると考えていることに驚きました。
何故なら、私が二十歳の時にそんなことは考えていなかったから。
恐らく子供ながらにも厳しい時代を見てきたことと、社会の現実を上の世代よりも直視できているからではないでしょうか?
しかしだよ、ちょっと現実的過ぎるんだよね。
努力した後に言ってみなよと、ちょっと思っちゃうよ。
若い世代がそう思ってしまえば、日本は百年経っても変わりません。
感じ取れるのは「退廃的」「従順」「無力感」「無気力」で何の発展も感じられない。
上の世代を建設的に否定して欲しいよね。否定されるべきなんだよ。否定するのは正しいんだって。否定しなけりゃ、改善も変化も始まる訳がない。
いつの時代も若い世代は高齢世代から十羽一絡げに批判されます。
日本で本当に批判されるべき世代はそこじゃないんだって。
(ぼかしたけど、ぼかしていない?)
年配者ほど自分の過去を美化して、若い世代を当時の自分と比較して批判したがりますが、往々にして自分達の過去の過大評価です。
昔は「いじめ」なんてなかったと昔から言われていますが、社会に出てからも大小は別にして「いじめ」はあるし、年齢ではなく精神の未熟さに起因するものだから、未成年の集団に特有なのもであるはずがない。
日本の将来に必要なことは「過去の踏襲」ではなく「変化・変革」です。
(全国紙の新聞で不況克服のために必要なのは儒教の精神を大事にすることなどと、正反対の間違った処方箋を平気で述べてしまうビックリの評論家?もいます。
若者を批判して高齢者の耳に心地よいことを言えば、購読者の多数派は離れないのです。→「言論崩壊」)
悲しいことに日本の社会で長く社会人をやると、現状をどう変えていいかサッパリわからなくなるのです。
(朱に交われば赤くなる。長いものには巻かれろ。相場用語で言えば、Trend is your friend!?)
年配者の意見に従い過ぎず、模範的な社会人ではなく、チョイワル社会人で行ってね!
(チョイ悪って、マックでバカ騒ぎすることじゃないよ。)
厳しい時代に揉まれて苦労した中から、日本に傑出した人物が登場することを願って。
(新成人が1人も読んでいないかも知れませんけど!?)
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