3月11日の東日本大震災の大きな揺れの真っ最中に考えていたことがあります。
震災直後に書くのは適切ではなかったので、今更ですが自分の記録としても残しておきます。
別に大したことではないのですが、大地震の真っ最中に何故か冷静に2つのことを思いました。
●モノに執着することの馬鹿バカしさ
●やっぱり家は買っちゃいけない
振り返ってみても、何故こんなことを思っていたのか少し不思議なのですが、理屈を言えば、大きな揺れの中だからこそ、このようなことを思うのは不自然ではない。
でも、同時にそんなことを考えている場合かと打ち消している自分もいて、考えていたと言うよりも、ふと浮かんだ、とか、自然にそう思われた、という感覚でしたね。
3.11で価値観が変わった(変わる)という話をする人も多いですが、私のこの考えは以前から持っているものであり、私の場合は3.11でその価値観がより一層強まりました。
大きな揺れの中で「色即是空、空即是色」を思ったとか、意味がわかったような気がしたと高尚な嘘を言えばオシャレなのですが(笑)、我ながらなんとも現実的なことを考えていたものです。
当然その時はまだ被害状況はわかっていませんでしたが、その後に起こった津波により家や車が流される映像をニュースで見て、二重の意味で衝撃を受けるのと同時に、大揺れの中で思ったことがさらに強固になりました。
3.11で考えさせられたことは人それぞれ異なると思いますが、多くの人に共通するのは、高い値札の付いた高価なモノよりも、ヒトが生きていく上で不可欠で安価なモノの方が価値があることに気付いた(思い出した)ことではないでしょうか?
大災害では失われてしまうローンを組んだ高価な大豪邸や高級外車よりも、電気・ガス・水道が毎日適度に使えて、納豆やヨーグルトをいつでも必要なだけ買えて、安価でも汚染のない新鮮な野菜や魚を食べられて、タダだけど放射能に汚染されていない空気を不安なく思いっきり吸えることの方が遥かに価値のあることだと・・。
地震・津波という天災だけではなく、(人災である?)二次被害の原発問題も含めて、イロイロと優先順位を間違えてないかと問われているように思います。
(ウォシュレットがそんなに大事なの?その引き換えに、ミネラルウォーターと同様に放射能を含まない「美味しい空気」もスーパーで買う時代になるかもよと!?)
以前にも書いたことがありますが、人生は所詮平均80年のレンタルですよ。
35年ローンで土地と家を買って、地上で何かを所有したつもりになって喜んでも、人生がレンタルでそのうち終わるもの!
イロイロと保険を掛けてリスクを回避分散して安心したところで、天災を確実に避ける術はないし、不安定な人生に過剰な安定を望むことは自然の摂理に反しているし不可能であるということを、私は3.11で改めて思いました。
(その時はその時と覚悟できる人も、そうでない人もいると思いますが・・。)
他人に価値観を押し付けるために書いているのではなく、自分の考えを整理する意味でも書いているのですが、
人生が平均80年のレンタルなのだから、私所有の大事なモノと悦に入っても所詮全部借り物なんだって、命に限りあるヒトはモノ(色)を所有することなんて出来ないのだから!
(重要なのは「空」だと言えればオシャレなのだけど!?)
3.11関連で思うことは他にも沢山あるのですが、大揺れの真っ最中に何故か真っ先に「モノに執着することの馬鹿バカしさ」を思ったことは忘れないように・・。
休暇中に振り返って、自分にとって3.11が意味するものを前向きに考えてみるのも良いかも知れませんね。
背伸びする必要も、他人と同じである必要もなく、ヒトそれぞれだと思います。
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コメント
こんにちは。
3.11の東北の状況を見れば確かに
空しい思いを抱きます。
でも人生もレンタルで個人の物も
所有しない etc ・・・は
とても為政者にとって都合の良い危険な考え方のような気がします。共産主義や独裁が芽を出さないように
投げやりな事は控えたいと思います。
takeshiさん、こんにちは。
趣旨を誤解されているようですが、
>個人の物も所有しない
と一言も言っていませんし、政治的イデオロギーとは何の関係もない話です。
投げやりな事も一言も言っていないつもりですし、むしろ前向きなことを言っているつもりですが・・。